周知のとおり、覚醒剤などの薬物を所持したり使用したりすることは違法(注1)です。薬物犯罪に対する検察庁・裁判所の態度はとても厳しいものがあります。特に覚醒剤取締法違反の場合には、初犯でも不起訴とはならずに裁判手続に進むことが多く(注2)、薬物の前科・前歴がある場合の多くは起訴されており(注3)、さらには実刑判決を言い渡されることも少なくないと思われます。
厳しいのは判決だけではありません。一度勾留されてしまうと,たとえ単独犯であったとしても、罪証隠滅の「おそれ」があるとして釈放・保釈がなかなか認められません(注4)。共犯者がいる場合、釈放はさらに厳しくなります。
しかし、そんな厳しい扱いを受ける薬物よりも我々に身近で、ある意味で厳しい扱いを受けるものがあります。
それは「お酒」です。
お酒を飲むと、気が大きくなり、正常な判断がしづらくなることがあります。普段は温厚な人が粗暴になることもあります。記憶を無くして、気が付いたら取調室だったということもあります。
こうしたお酒の影響で起きてしまった犯罪について、裁判所は厳しい態度をとっています。
まず、「酒に酔って記憶がない」状態で誰かを殴ったり物を盗んだりした場合でも、完全な責任能力を認めるのが裁判所の基本的な態度です(注5)。
また、自分がやったことを隠そうとも取り繕うともしておらず、本当に酒に酔って覚えていないのでそのように取調べで話をしたとしても、否認している場合と同じような評価をされ、釈放されづらくなります(注6)。
普段からお酒を飲んで記憶を無くす方は、要注意です。
また、これまでお酒を飲んで記憶を無くしたことがない人でも、20代・30代のときと同じ飲み方を40代・50代になっても続けているような人は、要注意です。初めて記憶をなくした日が、初めて逮捕された日、ということもあり得ます。
「酒は飲んでも飲まれるな」
昭和以来(あるいはそれ以前?)のこの格言を胸に、忘年会・新年会・趣旨不明の飲み会に繰り出していただければと思います。
格言に加えて、家族の携帯電話の番号を書いたメモをもっておきましょう。
そして、不運にも(広い意味では自業自得ですし、被害者こそが不運なわけですが)留置場や取調室で目を覚ますことになってしまった方々は、直ちに弁護士を呼んで下さい。誰を呼んだら良いか分からないときは、「当番弁護士」を必ず、直ちに、呼んで下さい。「後でいいや」「勾留されてからでいいや」と考えてはいけません。そして、家族の電話番号を弁護士に伝え、釈放のための弁護活動を依頼して下さい。
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注1:例えば、覚醒剤取締法14条1項
注2:2021年の検察統計調査に拠れば、被疑事件の通常受理、起訴及び起訴猶予等の件数は以下のとおりです。起訴されて正式裁判となる割合は、大麻取締法違反では約44%、麻薬及び向精神薬取締法違反では約62%、覚醒剤取締法違反では約74%に至ります。同年の通常受理件数の総数は27万2309件、そのうち起訴されたものは10万2769件であり、起訴された割合は約37%ですので、薬物犯罪は起訴される可能性が高く、特に覚醒剤取締法違反の起訴率はとても高くなっています。なお、「大麻取締法」、「麻薬及び向精神薬取締法」及び「覚醒剤取締法」の違反は、罰金刑だけが言い渡されることはないので(罰金刑が言い渡されるとしても、必ず懲役刑と併科されます。)、略式起訴にはなりません。
大麻取締法違反 | 麻薬及び向精神薬取締法違反 | 覚醒剤取締法違反 | |
---|---|---|---|
通常受理 | 8217 | 1147 | 12820 |
起訴 | 3688 | 714 | 9508 |
起訴猶予 | 1798 | 137 | 962 |
家裁送致 | 789 | 61 | 119 |
注3:2021年の検察統計調査の「52 罪名及び犯時年齢別 起訴猶予処分に付した事件の被疑者の初犯者、前科者別及び前科の種類別人員 -自動車による過失致死傷等及び道路交通法等違反被疑事件を除く-」に拠れば、大麻取締法違反の被疑者1798名中、前科があるのに起訴猶予とされたのは468名でした。大麻取締法違反の被疑者の総数が3688名なので、前科があって起訴猶予とされたのは約12%、覚醒剤取締法違反の被疑者962名中、前科があるのに起訴猶予とされたのは672名であり、覚醒剤取締法違反の被疑者の総数が9508名なので、前科があっても起訴猶予とされたのは約7%です。起訴されれば、ほぼほぼ有罪
注4:2021年の検察統計調査の「40 最高検、高検及び地検管内別 既済となった事件の被疑者の勾留後の措置、勾留期間別及び勾留期間延長の許可、却下別人員 -自動車による過失致死傷等及び道路交通法等違反被疑事件を除く-」に拠れば、勾留された被疑者総数8万3841名中、釈放されたのは3万6428名(約43%)です。勾留期間は、10日が原則ですが、延長後の10日を合算した20日がほぼ原則化しており、統計上も、15日よりも長く勾留された被疑者の割合は約63%です(20日以内が5万2735名、25日以内が11名、25日を超えるのが81名)。
注5:大阪地方裁判所昭和48年3月16日判決・判例タイムズ306号304頁。他方、複雑酩酊を理由に心神耗弱を認めた例として、大阪地方裁判所平成20年3月24日判決があります。
注6:「被疑者が飲酒により回想不能と弁解している場合について」、それだけを理由に「罪証隠滅のおそれが認められるとか高くなるというものでもな」いとしつつ、「自白ではないので、…罪証隠滅のおそれを弱める事情とはなり得ない」とする裁判官の論考があります(高橋康明「82 罪証隠滅のおそれの判断に当たり考慮すべき事情、特に飲酒による回想不能の弁解や覚醒剤の入手先の秘匿について」(『令状実務詳解』449頁以下所収)452頁)。『否認と同じようには扱わない』といいつつ、自白した場合と比較して不利に扱うので、実態・実質として同じことです。