弁護人選任届は、被疑者・被告人になった人が「この弁護士を弁護人として選びました」ということを証明する書類です。
これを捜査機関(警察・検察)や裁判所に提出することで、依頼を受けた弁護士は、「弁護人」として認知され、刑事手続上の様々な権限を行使することができるようになります。
弁護人選任届を提出する先は、手続の段階によって異なります。
送検される前は、その事件を取り扱う警察署(取扱署)に提出します。
共犯事件などでは取扱署と留置されている警察署(留置先)とが異なる場合があるので、接見して弁護人選任届をもらった後、取扱署まで出向いて弁護人選任届を提出することもあります。
留置先と取扱署とが離れている場合、提出のための移動に時間を取られて終電を逃したり日付をまたいで自動車を走らせたりすることになります。
送検後は、その事件を担当する検察庁に提出します。
起訴後は、事件が係属している裁判所に提出します。
よくもめるのは、送検前の弁護人選任届の提出です。
警察官の中には、『弁護人選任届の提出先は検察庁か裁判所』と思い込んでいる方がいます。
そうした方は、弁護人選任届を提出しようとしても、
「うちでは受け取れません。」
「検察庁に/裁判所に提出してください。」
などと言って、受け取ろうとしない場合があります。
受領を拒否することは、何時でも選任することができる(刑事訴訟法30条1項)とされている弁護人の選任を裁判所や検察庁に対して証明することを妨げ、その後の弁護活動を阻害する行為なので、弁護人選任権を実質的に侵害する違法な行為であると考えます。
刑事訴訟規則17条でも、事件を取り扱う警察官(司法警察員)に受領権限があり、弁護人選任届の提出先となることが前提とされています。
(被疑者の弁護人の選任・法第三十条)
第十七条 公訴の提起前にした弁護人の選任は、弁護人と連署した書面を当該被疑事件を取り扱う検察官又は司法警察員に差し出した場合に限り、第一審においてもその効力を有する。
この条文を見せてもかたくなに受領を拒否する警察官もいます。
「上司や本部の方に確認してください。」と伝えて、その警察官がしぶしぶ連絡を取ると、「受領しなさい」という指示を受け、受領される場合がほとんどです。
「刑事訴訟規則17条を前提としても、受領する義務はない。義務があるという文言になっていない。」という解釈を開陳する警察官もいますが、「では、『受領する義務はないので受領しませんでした。』と一筆書いて下さい。」とお願いしても、絶対に書いてくれません。
ちなみに、犯罪捜査規範133条1項も、警察官が弁護人選任届を受領することを前提としています。
(弁護人の選任)第百三十三条 弁護人の選任については、弁護人と連署した選任届を当該被疑者または刑訴法第三十条第二項の規定により独立して弁護人を選任することができる者から差し出させるものとする。
もちろん、ちゃんと勉強をして、現場で日本の刑事司法を支えている多くの警察官の方々の名誉のために申し上げれば、弁護人選任届の受領を拒否されないこともあります。むしろ、問題なく受領してくれる場合の方が多いような印象です。
ちゃんとしている方は、ちゃんとしています。
そういう方が今以上に増えてくれれば、「受領して」「しません」という無駄なやり取りがなくなり、時間が節約できる結果、私が終電に乗り遅れたり帰宅が日をまたいだりすることが減りますので、受領方、お願い申し上げます。
(参考文献)
高橋俊彦「弁護人選任届の扱いについて」(LIBRA2010年4月号)(https://www.toben.or.jp/message/libra/pdf/2010_04/p30-31.pdf)
吉開多一ほか『基本刑事訴訟法Ⅰ』116頁(設楽あづさ執筆部分)
刑事実務研究会『刑事訴訟実務書式要覧』第1巻[89]
服部啓一郎ほか『先を見通す捜査弁護術』96~97頁(服部啓一郎執筆部分)