「勾留理由開示」という手続があります(刑事訴訟法82条以下)。
憲法にも直接の根拠がある珍しい制度です(憲法34条後段)。
その名のとおり、勾留された理由を開示する手続です。
この手続を請求すると、公開の法廷で(同法83条1項)、裁判官が(同法84条1項)、勾留の理由を口頭で開示します。
被疑者・被告人、弁護人、検察官が出席できます。傍聴もできます。
実務上、ここで開示される「理由」は、以下のようなものです。
一件記録によれば、罪体及び重要な情状事実について罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があると認められ、また、その身上・生活状況に照らせば、逃亡すると疑うに足りる相当な理由があると認められます。
この内容に、多くの刑事弁護人は不満を持っていると思います。
刑事訴訟法60条1項各号には、勾留の要件が定められています。
この要件のことを「勾留の理由」といいます(注1)。
(刑事訴訟法60条1項)
裁判所は、被告人が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由がある場合で、左の各号の一にあたるときは、これを勾留することができる。一 被告人が定まつた住居を有しないとき。二 被告人が罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるとき。三 被告人が逃亡し又は逃亡すると疑うに足りる相当な理由があるとき。
上述した標準的な勾留理由開示は、この条文を読み上げているだけです。
「理由」の開示として全く不十分であると思いますが、実務上、それで十分だとされています(注1)。
犯罪事実および60条1項各号の事由を具体的――通常は準抗告審の判断中で示されるものとほぼ同じ程度の具体性をもてばよい――に告げればたり、証拠資料の存否と内容まで示すことは、理由開示の目的とするものではない。
(『条解 刑事訴訟法(第5版)189頁)
被疑者の場合はむしろ捜査の秘密との関係で、証拠資料の内容を明らかにすることは許されないというべきであろう。
(『条解 刑事訴訟法(第5版)189~190頁)
ある人を勾留するときには、その人に勾留状を示す必要があります(刑事訴訟法73条2項)(注2)。
その勾留状には、「刑事訴訟法60条1項各号に定める事由」、つまり「勾留の理由」が必ず記載されます(刑事訴訟規則70条)。
既に示されている「勾留の理由」とほとんど同じことを告げるだけの手続が憲法上の具体的な権利として定められている、そうした無意味な手続がわざわざ刑事訴訟法に設けられている、と考えるのは合理的ではありません。
裁判官の多くも、このこと自体には同意するのではないかと思います。
問題は、「具体的」といえるかどうかの基準が、裁判官と刑事弁護人とで決定的に乖離していることです。
ある裁判官の論考では、以下のように言われています。
理由開示に当たっては、勾留の正当性を判断できるだけの実質的な理由を示す必要がある。したがって、いずれの要件についてもこれに該当する具体的な事実とこれを認めた理由を示すべきであろう。単に犯罪事実と法60条1項各号の事由を告げれば足りるという見解もある…が、それでは勾留の正当性を判断することができず、勾留の理由を開示したことにはならない。また、事実を示せば足り、証拠を示す必要はないという見解が少なくない…が、勾留の正当性を判断できるだけの実質的な理由を示すためには証拠に触れざるを得ない場合もあると思われる。
(『令状に関する理論と実務1』別冊判例タイムズ34号209頁以下所収)210頁)
私も含め、ほぼほぼ同意できると考える弁護人も多いのではないでしょうか。
しかし、同論文は、以下のようにも述べます。
もっとも、具体的な事実といっても、必ずしも詳細に示す必要はなく、各要件に該当することが判断できる程度に示せば足りるし、これを認めた理由についても、必ずしも常に証拠に言及する必要はない。」(長井秀典「勾留理由開示において、開示すべき理由の範囲と程度」(『令状に関する理論と実務1』別冊判例タイムズ34号209頁以下所収)210頁)
被疑者・被告人(そして弁護人)としては、
「この状況で、いったい、いつ、どこで、誰と、そのことについて口裏合わせができるというのか。」
「仮に口裏合わせをしようとしても、成功するはずない。」
と言いたい事案がたくさんあります。
しかしながら、上記のような抽象的な「理由」しか開示されないので、そもそも議論ができません。
議論ができるだけの「具体的」な理由を示すには、証拠への言及はほぼ必須になると思いますが、裁判官の多くは、そうは考えていないと思われます。
ですが、それは間違いだと思います。
勾留状の呈示とは別に勾留理由開示という制度が設けられている以上、そこには勾留状の呈示以上の意味があるはずです。
勾留状や勾留決定に対する準抗告についての決定書等他の手続では、勾留の実質的・具体的理由が明らかにされない以上、この手続で明らかにする他ないはずです。
勾留の実質的・具体的な理由が明らかにされなければ、勾留の適法違法・当不当についての議論ができないので、明らかにされるべき必要性もあります。
それにもかかわらず、実質的・具体的な理由を明らかにしない現状の勾留理由開示は、違法であると私は考えます。
勾留理由開示は、直ちに何らかの効果をもたらす手続ではないので、あまり活用されていないのが実情です。
かつては、法廷闘争の道具として利用されたこともあり、厄介者のように扱われてもきました。
そうした法廷闘争が下火になった後も、接見禁止が付されている場合に家族と顔を合わせるために使うといった副次的な効果が注目される程度でした。
ですが、最近は、あくまで弁護活動として勾留理由開示を活用する工夫も増えてきたように思います。
私自身も模索中ですが、これからも勾留理由開示を生きた制度にして、依頼者の利益につなげるため、工夫していきたいと思います。
<脚注>
注1:引用中にある「準抗告審の判断中で示されるもの」とは、例えば、「被疑者及び被害者等の各供述状況等に照らせば、被疑者が関係者等に働きかけるなどして、罪体及び重要な情状事実について罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由がある。」という程度のものです。
私は、これが「具体的」とは到底思えません。被疑者と被害者と関係者「等」がいる事件なら、いくらでも使い回しができる抽象的な表現です。
注2:「本条1項各号に掲げる事由を一般的に勾留の理由という(特定の規定の解釈としては、勾留の理由は犯罪の嫌疑を指すものと解されることもある)。」(『条解 刑事訴訟法(第5版)151頁)
注3:被疑者の場合にも準用されます(刑事訴訟法207条)